福岡県うきは市で桃と梨を育てながら、全国の農家に直販のノウハウを教える「新・ファン農業実践会」を主宰する秀太さん。受講生は40名を超え、その半数以上が女性という、農業スクールとしては異例の構成を誇る。
しかしその原点は、農家の長男でありながら「農業だけは絶対やらない」と心に誓っていた少年時代と、介護業界で心を病み、押入れに閉じこもる日々を過ごした壮絶な経験にあった。どん底から自然と足が向かった先にあったのは、幼い頃に背を向けたはずの畑だった。これは、土に救われた一人の男が、農業の新しい形を切り拓いていく物語である。
産直専門農家として、桃と梨を全国へ届ける
インタビュアー本日はよろしくお願いします。
まずは秀太さんのご活動について教えてください。



福岡県うきは市という小さな田舎町で農家をやっています。桃と梨を育てていて、それを全国のお客様に直接お届けする産直専門農家です。自分でこの農業の形を「ファン農業」と名付けています。



ファン農業、ですか。



はい。SNSやウェブを活用して、うちの農園のファンになってくれた方に直接届ける形です。ありがたいことに「あなたから買いたい」と言ってくださる方も増えてきました。
そしてこの「ファン農業」のやり方を知りたいという農家さんからの声をきっかけに、「新・ファン農業実践会」というオンライン講座も始めました。現役の農家をしながら、全国の農家さんにそのノウハウを教えています。



講座にはどのような方が参加されていますか?



2025年1月にリリースして、今は約40名の受講生がいます。個人農家さん、始めたばかりの方、そしてこれから農家になりたいという方。
面白いのが、半数以上が女性なんです。日本の農業スクールで一番女性が多いスクールじゃないかなと思っています。




(新・ファン農業実践会 講座の様子)
「農業だけはやるものか」。
幼少期の反発と、キックボクシング日本チャンピオンへ



秀太さんはもともと農家のご家庭で育ったんですか?



おやじも母ちゃんも、じいちゃんも婆ちゃんも農家で、目の前にはずっと農業がありました。だけど、農業が本当にかっこ悪く見えていた。「農業だけはやるものか」とずっと思っていましたね。
夏休みも他の子たちが遊びに行っているのに、自分は手伝いばかり。年中忙しそうにしていてピリピリしているし、ボロボロの服を着ていて、かっこいいイメージがまったくなかった。



それだけ嫌だったら、農業から離れたくなりますよね。



20代はキックボクシングに打ち込んで、日本チャンピオンにまでなりました。そこから30代は医療福祉業界に入って、介護福祉士やケアマネの資格を取り、最後は施設の立ち上げから管理まで任せてもらっていました。


(キックボクシング時代の秀太さん)
押入れに閉じこもる日々。心を病んだ先に見えた、畑という”原点”



ただ、施設の管理者として人のマネジメントがうまくいかなくて、心を病んでしまったんです。病院に行っていたら間違いなく「うつ病ですね」と言われていたと思います。
仕事から帰ったら、家の押入れに直行して閉じこもる。そんな日々が1年、2年と続きました。家族もずいぶん心配していましたね。


(実際に入っていた押入れがこちら)



そこまで追い詰められていたんですね。



自分自身もつらかった。でも不思議なもので、そうやって心がどうにもならない状態になったら、自然と足が畑に、土に向かうようになったんですよ。
朝、畑に出てから仕事に行く。理由は自分でも分からなかったけど、土の温かさや、植物がじわじわと成長していく様子を見ていると、すごく癒やされたんです。癒やされたかったんでしょうね。



あれだけ嫌だった畑に、自然と足が向かったんですね。



これは自分だけの話じゃないんですよ。最近、相談に来る方でも、同じ体験をしている人が結構いる。
畑って命を生み出す場所なんですよね。自分たちが生きていく原点。海を見て癒やされるのと同じで、そういう命の根源に、心が弱った時に人は自然と向かうんじゃないかと思っています。
ずっと畑に通ううちにどんどん元気が出てきて。その時に感じたんです。生産物をただ作るだけの農業のイメージしかなかったけれど、違う農業の形がある。農業には人を癒やす力があるって。それで農家になる決断をしました。
年商250万、ほぼ赤字からの出発。手書きのパンフレットで始めた直販



独立してからはスムーズにいったんですか?



とんでもないです。嫁さんと小学生の子ども2人を抱えて「やるぞ」とは言ったものの、親父が高齢でやめかけていたところを継いだので、年間の売上は250万円ほど。
月じゃないですよ、年間です。農業は経費がかかるから、ほとんど何も残らない。赤字ですよ。



大変な上に赤字だと厳しいですよね。
ちなみに、そこからどう活路を見出したんですか。



市場に卸していたら単価が安くて話にならない。自分には直販しかないと思いました。
ウェブマーケティングを猛勉強して、ふるさと納税、食べチョク、楽天、Amazon。他の農家さんが「めんどくさい」と手を出さないところに早く入れば勝てるかもしれないと。農作業以外の時間はすべてそこに注ぎ込みました。



まだ誰もやっていない領域を切り拓いていったんですね。



当時は直販をやっている農家さんも今よりずっと少なかったですからね。お金もなかったから、パンフレットは自分でパソコンで作って、家のプリンターで印刷して。お客さん一人一人に手書きのメッセージも添えていました。
今思えば恥ずかしいようなものですけど、「温かみを感じます」「気持ちが伝わりました」って言ってもらえた時は、本当に嬉しかったですね。
自分が試行錯誤して作ったものを喜んでもらえる。しかもそこに自分の育てた農産物も一緒にお届けしている。ダブルで嬉しいんですよ。






(直販を始めた頃の様子)
「直販だけじゃ助けられない」。パートナーとの出会いと講座の誕生



直販が形になっていく中で、講座を始めようと思ったのはなぜですか?



SNSで発信を続けていると、農家さんや農業を始めたい方から「どうやってそんなに直販できてるんですか」という声が届くようになったんです。
自分がやってきたSNS運用や販売の動線作りが、誰かの悩みを解決できるんだなと。それなら自分の経験をちゃんと届けたいと思い始めました。



そこからすぐに講座を始めたんですか?



いや、商品の形はできたんですけど、まだ自分の中で納得しきれていなくて。1対1で人と向き合う商品だから、中途半端なものは出せない。
それでファン農業のアカウントを作ってSNS発信だけ続けながら、無料で個別相談に乗っていたんです。



相談を続けていく中で、何か見えてきたものがあったんですか?



大きかったですね。農家さんの課題は「売り方」だけじゃなかった。良い農産物を作るには土作りが大切なのに、皆さんそこが全然分かっていなかった。
売り方と作り方、この両方を届けないとこの人たちの力にはなれないと気づいたんです。



そこで足りないピースが見えた。



そうなんです。ちょうどその頃、今パートナーとして一緒にやっているまやさんと出会っていて。
もともとヨガの先生なんですけど、コロナ禍に「畑でヨガをやったら人は癒やされるんじゃないか」って二人でイベントを始めたのが最初でした。そこからまやさんが農業に興味を持って、土作りの研究にのめり込んでいった。
土作りって結構科学なんですよね。あの方はもともと科学好きだから、どんどんハマっていって。



それで、講座の形が完成したんですね。



自分のSNS直販のノウハウと、まやさんの土作りの知識。二つが合わさった時に、「これなら本当の意味で農家さんの力になれる」と確信が持てた。
自分は慎重派なんですけど、まやさんに「リリースしよう」と背中を押してもらって、ようやく踏み切れました。


(講座についてまやさんと話し合っている様子)
「農業を学んでるんだけど、人生を学んでます」



講座を始めて1年、嬉しかったことはどんなことですか。



直販の売上比率が11倍になった方や、リストをうまく獲得できるようになった方もいて、成果を出してくれる受講生さんが増えたのはもちろん嬉しいです。
でも一番響いたのは、「農業を学んでるんだけど、人生を学んでます」っていう言葉ですね。農業だけじゃなく、ライフスタイル全体が変わっている。人生そのものが成長しているっていう声をもらった時は、本当に嬉しかったです。



農業を超えた学びになっているんですね。



月2回の勉強会と事例研究会をやっているんですけど、ほとんどの方がリアルタイムで参加してくれるんですよ。
受講生さん同士が農園に会いに行ったりもしていて、今年はリアルイベントも計画しています。そういったつながりが自然に生まれているのが、すごく嬉しいですね。


(新・ファン農業実践会 勉強会の様子)
「作り手も主役、食べる人も主役」。食べ残しの光景から見えたビジョン



これから先、どんなことを目指していますか?



「作り手と食べる人の距離をなくしていきたい」。これが農園と講座に共通するビジョンです。
あるイベントの二次会で、料理がたくさん余って捨てられる光景を見たんです。もしあの料理が実践会のメンバーが作った野菜だったらと思うと、すごく悲しくなった。
作っている人の顔や思いが分かっていたら、あの料理は絶対残らなかったはずなんです。



確かに、作った人の顔が浮かんだら残せないですね。



味の美味しさだけじゃなく、「感情の美味しさ」が乗った食事の方が、絶対に心が豊かになる。スマホのショート動画を見ながら食べるよりも、その食べ物がどう作られたかを知って、作り手の顔を思い浮かべながら食べる。そっちの方が絶対に幸せですよ。
だからこそファン農業を広めていきたい。あとは、女性農家さんの所得を上げていく仕組みや、「農ある暮らし」を始めたい人と実践会のメンバーをつなぐ場も作りたい。
農業ってデザインなんです。でっかい農業だけじゃない、いろんな形がある。まずは受講生300名を目指して、作り手と食べる人の距離をなくしていきます。


個人農家さんのための
『新・ファン農業実践会』




